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最高裁判所第一小法廷 平成8年(行ツ)59号 判決 1997年1月23日

大阪府高石市千代田二丁目三番一一号

上告人

阪口悦三

右訴訟代理人弁護士

谷口由記

同弁理士

澤喜代治

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行ケ)第一八二号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年一一月二二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人谷口由記、同澤喜代治の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件考案が進歩性を欠くとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

(平成八年(行ツ)第五九号 上告人 阪口悦三)

上告代理人谷口由記、同澤喜代治の上告理由

第一 原判決の法令違背

原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違背があるから、破棄を免れないものである。

一 原判決は、取消事由一(周知技術の認定の誤り)について、本願考案の自動車の座席用カバーが布製品であることは、本願考案の要旨に示すとおりであり、一般に、人体、寝具、家具等の立体の形状を覆う衣類やカバー等の布製品にあって、その必要箇所にゴム紐等の伸縮性の糸状体を取り付けて、異なる形状や大きさの違うものにぴったり装着できるようにするということは、通常人の日常の経験からしても周知の技術であることは、当裁判所に顕著であると判示した。

二 民事訴訟法第二五七条は「顕著な事実は之を証することを要せず」と規定し、顕著な事実は証拠による認定を必要としないのであるが、その根拠は顕著性にあるとされている(本件で問題となる顕著な事実とは公知の事実であり、公知の事実とは通常の知識経験を有する不特定多数の一般人が疑問をさしはさまない程度に知れわたっている事実であるが、実用新案法第三条第一項の登録要件としての出願前公知考案との混同を避ける意味で顕著な事実として以下論述する)。

ところで、顕著な事実であるか否かの判断は事実問題であるから、その判断の当否は上告審で争えないとする判例(最高判昭二五・七・一四民集四-八-五三三)があるが、顕著な事実かどうかの判断は、一面において事実認定と同一次元の問題ではあるが、他面、「顕著」の概念は、法的三段論法の大前提として法規に準じた機能をする面があるから、顕著と判断されるに至った思考過程は通常人によって一応納得できるものでなければならず、その限度で法令違背として上告審の審査を受けると解すべきである(三ケ月章著「民事訴訟法」三九五頁、菊井・村松著「民事訴訟法Ⅱ」二四一頁、新堂幸司著「民事訴訟法」三六六頁、判例コンメンタール16民事訴訟法Ⅲ三〇頁、斎藤秀雄編著「注解・民事訴訟法(4)」四一三頁は通説としている)。

三 原判決が顕著な事実としたのは「一般に、人体、寝具、家具等の立体の形状の物を覆う衣類やカバー等の布製品にあって、その必要箇所にゴム紐等の伸縮性の糸状体を取り付けて、異なる形状や大きさの違うものにぴったり装着できるようにするということは、通常人の日常の経験からしても周知である」としたことである。

しかし、果たして、そう言えるのか極めて疑問であり、前記通説のように顕著と判断されるに至った思考過程が通常人によって一応納得できるものでなければならないのに、その思考過程が示されていない原判決は法令違背の違法があるというべきであり、同違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第二 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる採証法則及び経験則を誤って適用した違法があり、破棄を免れないものである。

一 周知技術の認定の誤りについて

(一) いわゆる周知技術と認められるためには、当該技術に関し公知文献が相当数存在するか、刊行後相当の年月を要するなどによりその技術内容が当業界に知れわたっていることを必要とし、判例も「周知技術というのは、その技術分野において一般的に知られている技術であって、例えば、これに関し相当多数の公知文献が存在し、又は業界に知れわたり、若しくはよく用いられていることを要すると解するのが相当である」と判示している(東京高判昭五〇・七・三〇取消集七三頁)。

(二) 被上告人は、原審において周知技術を立証するために、乙第一号証ないし同第五号証を提出したが、仮に、当該技術に関する文献であると仮定しても、この程度の公報類だけをもってしては、公知文献が相当多数あるとはいえず、当該技術が周知技術とは認定できないというべきである。

そして、原判決がそれら若干の証拠をもって周知技術と認定したのかどうかも不明である。

その点において、原判決は採証法則及び経験則に違背し、その違背が判決に影響することが明らかであるというべきである。

なお、自動車の座席用カバーの技術分野における周知技術認定の誤りは後記のとおりである。

二 技術分野の無視について

(一) 原判決は、技術分野の枠というものを全く無視し、本願考案を審査するに際し「物品の表面に装着する目的で作られた非伸縮性繊維からなる布製品の分野」ときわめて広過ぎる技術分野を持ち出し、本願考案はそでの周知技術の適用にすぎないとしている(原判決二六~二七頁)。

(二) しかし、これは技術分野という概念を拡大し過ぎたものであり、国際特許分類等によって技術分野を分類区分されて審査されていることを無視した解釈というべきであり、このような解釈では国際特許分類が機能しなくなってしまう反面、いわゆる用途発明の認められる余地を極めて狭くさせるおそれが多分にある。

ちなみに、被上告人が原審で証拠として提出した枕カバーやブラジヤー等の技術分野と本願考案の自動車の座席用カバーの技術分野とは、目的、構成及ぴ作用効果が異なり、明らかに技術分野が異なるのであるから、本願考案の審査においては、技術分野を自動車の座席用カバーないしそれに準ずる技術分野における周知技術を論ずるべきなのであり、原判決はこの点を誤っているというべきである。

この点において、原判決には判決に影響を及ぼすべき採証法則ないし経験則の違背がある。

三 自動車の座席用カバーの技術分野における周知技術認定の誤り

(一) 原判決は、周知技術を自動車の座席用カバーの技術分野においてみるととして、引用例(第二引用例、実開昭五〇-六六九〇九)、乙第一号証(実願昭五八-一六八二五九号のマイクロフィルム)、乙第二号証(実開昭四八-五四三〇のマイクロフィルム)を挙げ、以上によれば、自動車の座席用カバーの技術分野においても、本願出願前から、前示布製品についての周知技術が適宜応用されていることは明らかであるとする(原判決二二頁)。

(二) しかし、右三件の実用新案登録出願において、原判決が周知技術の記載であると指摘する部分について、それが周知技術であるとして記載されているのではなく、まさに新規性ないし進歩性を有する考案として記載されているのであって、同技術が「通常の知識経験を有する不特定多数の一般人が疑問をさしはさまない程度に知れわたっている技術」すなわち周知技術ではないことが記載されているといえるのであって、原判決は右出願の技術解釈を誤ったものというべきである。

そして、右いずれの実用新案登録出願の明細書の記載及びそれらの審査においても、本願考案の審査におけるような「物品の表面に装着する目的で作られた非伸縮性繊維からなる布製品の分野」なる技術分野を基礎にして判断されたものは一件もないのであり、その点でも本件考案の審査における判断基準が誤っているといえるのである。

この点においても、原判決には判決に影響を及ぼすべき採証法則ないし経験則の違背がある。

第三 結論

以上のとおりであり、原判決は破棄されるべきである。

以上

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